医学社会学序論の総括論文



 医学が文化体系のひとつであり、その社会を構成する意識構造の一部として存在し、対称的に経済活動を基盤とした人々の営みはその経済的制約を受けた実生活構造として存在する。この対象を成す二つの関係を分析する要因およびその関係について整理した。
 諸個人が実生活を営む中で病期となり、その病を癒すために医療機関を訪れたときに治療過程は実生活の一部となり、否応なしにそれまでの日常生活の変化を余儀なくされる。


諸要因
1,救急医療施設の存在
2,救急医療施設への搬送途中の状況
3,救急医療施設までの距離
4,診療機関の人的、設備的な体制
5,医療機関と患者居所との地理的条件
6,医療機関と患者居所をつなぐ居住環境
7,診療に際した社会保障体制
8,社会保障体制と患者の家計
9,患者住居周辺の自然環境
10,患者と収入源を軸とした利益社会関係(地域としての村落と都市)
11,患者と地域社会との関係を軸とした共益社会12,関係(地域としての村落と都市)
13,患者の思想信条と家族間の紐帯軸との差(家族社会関係)
14,家族紐帯軸と家族構成の差違(家族社会関係と現況)
15,患者の居住環境
16,医療環境要因

救急医療施設の存在
 救急医療施設が近くに在るか無しかによって、その後の治療過程に影響が及ぶ事が多い。また、予後に重大な影響を与える疾患も多々ある。

救救急医療施設への搬送途中の状況

 急施設があった場合、そこへ搬送する過程で、どのような緊急処置が執られるかによってその後の治療方法も変わる。

救急医療施設までの距離

 救急医療施設と発病または事故に遭遇した場所との距離は治療を受ける機会がいつ訪れるかを規定する要因となる。

診療機関の人的、設備的な体制

 搬送先の診療機関において初療医あるいは専門医がいるか否かによって、また看護士がいるか否かによって、的確な治療内容が何かが決定される。この人的要因の他に中央検査室や検査機器類の充実度によって確定診断に至る検査体制が決定される。

医療機関、特に総合病院と患者居所との地理的条件

 独自のアンケート結果や東京都衛生局の病院別受診率結果によると、東京都民は医療機関のうち総合病院指向が多い。このため、特に総合病院を例に取り上げて論を進めることにする。
 総合病院に通院もしくは入院した場合に、患者が通院するときや入院患者家族が見舞いにゆくときの交通の便は患者とその家族にとって重大な問題となる。緊急搬送されたときを除いて、患者本人とその家族にとって病院と付近の駅そして居所との地理的条件は病院選択の決定要因となる。

医療機関、特に総合病院と患者居所をつなぐ居住環境

 こうした交通機関などの地理的条件を満足した場合、居所から駅への居住環境そして駅から病院への道路環境は治安状態の良し悪しを判断基準として病院選択の決定要因となる。
 この選択基準を最優先させた結果は病院側の診療体制を度外視することも多く、その後の診療過程に影響する。

診療に際した社会保障体制

 診療に伴う費用負担は各国の社会保障体制による影響が大きい。日本地域においても患者の一部負担が実施された結果、保険診療と自由診療の格差は若干であるが縮まった。その反面高齢者を筆頭に受診率は下がった。

社会保障体制と患者の家計

 こうした社会保障体制の変化は患者の家計における診療費用負担に大きな影響を与える。この結果、受診率を下げるだけに留まらず処方された治療薬の費用比較まで及ぶ。

患者住居周辺の自然環境

 患者を取りまく居住環境は在宅治療か入院治療かを選択する際の判断基準のひとつとなっている。
 まず、騒音や大気汚染などの点において住居周辺が患者の治療に適しているか否かである。
 次に、気温や日照などの気象条件の点において住居周辺が患者の治療に適しているか否かである。
 最後に、周辺に緑地帯や庭園そして河川などが在るか否か。あるいは住居の窓辺に草木が在るか否かである。
 これらの環境は治療に際して住居を取りまく重要な自然条件である。

患者と収入源を軸とした利益社会関係(地域としての村落と都市)

 農村や山村そして漁村などの村落を基礎とした地域における生産活動は商業や工業そして行政などの都市を基礎とした地域のそれとは異なる利益社会関係を結ぶ。
 村落経済は自然環境と密接に結びついており、患者の収入源がそこに依存している限り地域の慣習と無縁に治療生活を過ごせない。
 他方、都市経済は自然環境に直接依存せず、患者の収入源と居住地域の関係は希薄である。この結果、地域の慣習と無縁に治療生活を過ごすことが可能となる。

患者と地域社会との関係を軸とした共益社会関係(地域としての村落と都市)

 村落部の地域社会関係は実生活構造における生産活動の面で密接なつながりをもつ。その結果、患者は共益社会関係を軸とする共同体の中で治療生活を過ごすことになる。
 他方、都市部の地域社会関係は実生活構造における生産活動の面で希薄である。患者はそうした消費生活の局面に応じた疑似共同体の中で治療生活を過ごすことになる。
 その生活の違いは在宅治療の場合に顕著に現れる。日本での介護保険制度の実施が本格化したときにその違いとなって現れであろう。
 この制度の実効性は実生活構造における生産活動と消費活動が分離していない地域で少ないと考える。旧来の地域共同体の習律と齟齬を起こすこと、専門の介護者が地域に存在し定着出来るか否かなどのことから村落地域において困難性を伴うと予想される。

患者の思想信条と家族間の紐帯との差違(家族社会関係)

  アンケート数500、収数438、質問項目54をもとに分析した。そのアンケートの特徴は回答内容、回答の有無、他の回答との整合性、二つ以上の回答欄の内容比較などによって、回答者の思想信条を推測する事を目的としていた。
 その結果、回答者の思想信条と家庭内での役割との差違が認められるケースがあった。
 この場合、回答者が患者となった場合、あるいは家族が患者となった場合に実生活に支障をきたす可能性を秘めている事になる。

家族紐帯と家族構成の差違(家族社会関係と現況)

 家族の紐帯は家風をつくる中心人物の思想信条によって大きく変わる。しかし、その内容は家族構成による影響を受け変化する。
 また、構成者達の加齢によっても中心人物の家庭内の地位関係が変化するに従い変わるのである。
 この事はアンケートの複数項目の比較解析で矛盾した視点の部分を読みとることによって可能であった。

患者の居住環境

 患者は出身地による思想的影響を意識下で受けながら、自身を取りまくさまざまな居住条件の中で受診行為を決定する。
 患者自身は幾つかの要因で入院や病院訪問の決意をする。この意味で患者の分析は個別的でなければならない。
 共通要因は、住居地、居住年数、付近の駅、出身地、性別、年令、家族構成、付近の家並、付近の河川、付近の診療機関、などである。

 個々の分析のための共通要因とその解析の意義について述べる。


居住地調査
 居住地調査は個別の対象となる患者が住んでいる場所を特定してその患者の周辺を解析するために行う基礎的な調査要因である。

居住年数調査

 居住年数調査は現時点での状況把握のみならず背景に存在する患者の歴史民俗学的調査のための基礎資料を与えてくれる。

付近の駅

 付近の駅は移動の規制条件として社会条件を分析する上での重要な要因である。社会条件は変更する事が可能である。
 しかし、公共施設としての鉄道の駅とバスと停留所は、患者とその家族の行動範囲や行動パターンをあたかも自然条件の如く規制する。

出身地調査

 出身地調査は意識の背景にある思想的基盤を類推する際にその資料の一つである出身地域の民俗学的知見を求めるためにある。しかし、個別分析においては民俗学的類推の手がかりとして資料的価値しかないことに留意したい。

性別調査

 性別調査は患者家族及び社会関係の背景調査として重要な意味を持つと考える。その背景は利益社会関係を軸とした差別構造の男性社会関係と女性達がおかれている被差別的状況である。その状況からの防御として疑似共同社会関係を結ぶ女性社会関係がある。家族社会関係分析のための基礎である。

年令調査

 年令調査は患者個人の生活史における社会状況変化に伴うさまざまな影響を考慮し、家族社会関係を分析するための基礎資料である。

家族構成調査

 家族構成調査は家族社会関係を考察する資料であり、その家族構成が実生活構造にどのような影響を与え、どのような影響を受けるのかを考察するための基礎資料でもある。

付近の家並調査

 付近の家並を調査する事によって患者とその家族が居住する街の特徴と社会構造を類推することができる。専用住宅街や商店街などは階級構造や階層構造そして流通構造の終末消費に直接を知ることのできる家並である。
 また、工場街や事務所ビル街は生産構造や金融構造に直接関わり、流通構造に間接的に関わる家並である。家屋の構造や家並の構成を分析することはそこに棲むひとの意識を解き明かす事になる。
 そして、一見すると脈絡がないとおもわれる個々住民の意識の共通性や関係は抽象的であるが類型化することが可能となる。この諸類型は社会構造分析のための指標とする事ができるのである。

付近の河川調査

 付近の河川は暗渠化した部分を再現することが重要である。これにより、その地域の自然環境の歴史が分かる。また、水利を軸とした場合、河川によって分断される関係は村落形成過程と町への変化過程を分析する際の地理学的な道標を提供してくれる。

付近の診療機関調査

 付近に診療機関が存在する場合は何の診療科を標榜しているかが調査項目として重要である。次に患者居住地と交通機関そして診療機関の地理的な位置関係を調査する事が必要である。
 患者とその家族の受診行為はこれによって決定されると言っても過言でない。付近に診療機関が無い場合、患者とその家族の受診行為は近傍の駅周辺に存在している病院などによって限定され決定づけられる。

付近の環境

 付近の環境は実地体験に基づく総合判断でなければならない。患者の居住環境の共通要因を分析した後に総合判断の過程において現地踏査による所感を交えた経験的補正を行う必要がある。
 この結果、環境は居住者の個別分析のための付近という条件を充足できるのである。

医療環境

 患者とその家族が受診あるいは入院という非日常的実生活を始めた場合、患者と家族そして医療機関をつなぐ生活は意識と実生活のどちらにも多大な影響を及ぼす。時として生活の中心軸となることもある。
 この観点から、患者とその家族の受診行為を中心に独自アンケートの個別的分析結果を交えて解析をした。
 この結果、患者家族社会関係は大きく変化することがわかった。対する診療機関とりわけ病床を持つ病院など病室整備などは一般社会の要望を満たしていない。
 特に、大部屋の解消と全室個室化は患者とその家族のくつろいだ交流である心の充足にとって必要不可欠である。この事は患者の人格を保障するのみならず治療の一環として実施されるべきである。

 
 以上のような総括を踏まえて、以下の趣旨で医学社会学研究会の創立に向けて準備を進めている。