自然と個人



1 ひとと自然環境

 生活環境の中で自然環境の果たす実生活と精神形成に及ぼす影響は社会的要因と異なり独自のものである。従って、この事を考慮して調査エリアの区分を行う事とした。
 河川及び暗渠となった河川そして丘に見る自然
 丘の上と丘の下、南斜面と北斜面、ビル街と住宅地、古い町並みと開発途中の町並み、これらが生活環境に及ぼす影響を知る為には、そこに住む人々も多分気づいていないであろう自然の力を探らなければならないと考える。
 河は、その水が清く澄んでいようと濁っていようと、見える形で人々の心に影響を及ぼしている。また、かつて河であった所は車道となっていようが、裏の小道となっていようが、遊歩道となっていようが、緩やかに蛇行する事によって街道筋の喧騒を和らげたり人が安心して歩ける道を提供しているのである。
 そして、こうした河川のあった所は谷間であり、夏には蝶道となって季節を感じさせる所でもある。また、丘の上は冬枯れに鵙の鳴き渡る所であり、一年を通して鳥たちの休憩場所となっている所である。
 そこを行きかう人々やそこに住む人々はこうした自然の営みを知らず知らずのうちに享受している。この意味において、河川と暗渠となった河川そして丘を知る事はその街を知るための手だてとして何にもまして重要である。

2 都市東京を考察する積極的意味について

 農村、山村、漁村という自然と共生しなければ経済的にも成り立たない生活と、比較して利益社会関係を中心に動く都市の一類型としての東京を考察する意味について触れたい。
 調査対象は言うまでもなく都市である。従って、都市としての一般的構造と機能を有しているわけであるが、一つの類型としての視角から観るとそれは漂白の民の折りなす利益社会関係としての都市が見えてくるのである。この事を明らかにする事はこの後の理論展開に重要な意味を持つと思われる。
 アンケートの有効回答のうちで30代以上の人が89.6%である状況下で、現在の住居に30年以上住んでいる者はわずかに23.8%であった。尚、30代以上の人で30年以上住んでいる人の数は40人で20.7%である。
 こうした結果から分かる事は東京と言う都市における土着の人々の少なさである。
 参考までに1986年の東京都統計年鑑によると、区部においてこの1年に1432420 人が住居を移動しているのである。その数は区部の全人口の12.2%である。

 また、「東京の社会地図、倉沢進編、東京大学出版、1986」によると新規来往者率と残留人口率については偏りがみられるようである。
 こうした事情から、民俗学が主に都市以外の伝統的社会を取り扱うのに対して、漂白の民の営みを伝統とする都市社会における「共同社会関係」を探る為には、上記のような統計資料を参考にしながら現地の状況を肌で感じとる手法を採用しなければならなかったのである。
 それは利益社会関係を軸として階級的にも階層的にも混在している23区部を反映した、それらを調整する法的関係として捉え返す事にもなったのである。

3 都市東京の疑似共同体

 法的紐帯による共同社会関係は共同住宅に象徴的にみられる。それはさまざまな地方の人々が、様々な人付き合いの伝統を引きずりながら寄せ集まり、民法的利害関係従って経済的利害関係が生じた場合に集合するが、それ以外の時はあまり関係を持ちたがらないといった擬似共同体を造り出したのである。
 そうした一定の地域における擬似共同体の違った形での現象は、その地域の伝統や文化と無縁の、神社や寺側の真摯な思いとも隔絶された、商業的に利用されてしまう祭りや、政治的支配に利用される町会として現れるのである。
 従って、東京23区部を分析する為には敢えて表層の現象を述べる事から始める事が妥当であると考えた。ついで、その地域の階級的特徴と階層的特徴そしてアンケート調査結果を考察し、現地を肌で感じ取った経験を重ねあわせながら社会的諸関係を明らかにすべきであると考えた。