GPS
N35°45’49.4”
E139°40’03.6”
1991
画像

2003

1991
エリア
048
住居
練馬区北町1丁目
付近の駅
東武東上線
東武練馬
都バス
略
付近の家並
鉄筋建
木造建寄棟造
木造建切妻造
付近の河川
石神井川
付近の総合病院
日本大学医学部附属板橋病院
居住環境
羽田を一方の起点にしている環状八号道路の事実上の終点である。1991.7現在
建設予定地の立て札と建設反対の立て札が立っている。
此所は東部練馬駅の北一商店街の端に位置している。
環状道路の有用性は理解できる。
しかし、この街が分断されることは明白である。
町の共益社会関係が破壊されてしまうと予想される。
ここに居住する人々が求めているのは産業道路ではなくて生活道路である。
しかし、行政権力は通過する物流のための道路を造ろうとする。
行政権力と住民の間で根本的な齟齬が生じる。
産業道路と生活道路の明確な区別は難しい。
例えば、東京西部地域の多摩地区を南北に貫く幹線が計画道路として何本もある。
その殆どは未完成である。
道路の機能は不明である。
他方、農業から都市産業に推移した経済構造の変化がある。
居住地域が増えた現在、農業用道路は地域住民の生活基盤を支えるものとなっている。
しかし、生活道路として使われてたり計画されていたものが、事実上の産業道路となった例も少なくないようである。
医療環境
略
2009
撮影付近は環状8号線の地下通過地点となっている。
東武東上線と立体交差する必要からだろう。
東京都指定の救急医療指定病院の数はどう変化したのか。
付近の練馬区内と板橋区内の病院数をサンプルとする。
練馬区内の1991年の救急病院数は16である。
板橋区内の1991年の救急病院数は29である。
練馬区内の2001年の救急医療機関は12である。
板橋区内の2001年の救急医療機関は26である。
練馬区内の2005年の東京都指定二次救急医療指定機関は8である。
板橋区内の2005年の東京都指定二次救急医療指定機関は14である。
練馬区内の2009年の東京都指定二次救急医療指定機関は7である。
板橋区内の2009年の東京都指定二次救急医療指定機関は15である。
救急病院の数をみる限り、医療環境は悪化していると云わざるを得ないだろう。
病院の経営要因の分析については機会があれば触れたい。